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長白山を為政者神格化のための神話の舞台として活用する手法は、太古に限らず現代においても実際に使われています。
北朝鮮で子供たちを対象とする金日成偶像化教育の核心的な内容は、‘白頭山伝説集’という本に集大成されています。
‘白頭山伝説集’は金日成の誕生から始まり、抗日遊撃隊時代、解放直後の北朝鮮の社会を指導した
時期までの過程を説話形式で綴っています。
北朝鮮政府は ‘白頭山伝説集’の収録内容について、 “朝鮮の社会科学者たちが数百回を厭わずに白頭山と
中国東北地方を歩き回って資料を収集した”と強調します。
特に “伝説集に盛り込まれた作品は、全てこのような実際調査過程を通じて発掘・考証されたものであり、客観的
事実に基づくものだ”と強調しています。
しかし具体的な内容を見ると、‘白頭山の将軍星’ ‘空へ舞い上がった紙’ ‘千里の彼方を見る将軍’ ‘落ち葉に
乗って移動する軍人’ ‘目のある弾’ ‘術法を学んだ隊員’ ‘99種の縮地法’ ‘風に乗って移動する将軍’ など、
題目だけ見てもその虚構に満ちた内容を充分に推測出来るものが多いです。
空が生んだ '偉人'
‘白頭山伝説集’は最初のページから “白頭山伝説は絶世の愛国者で百戦百勝の鋼鉄の将軍であらせられる偉大
な金日成同志の不滅の抗日革命業績を万代に末永く伝える貴い革命的財富であり、民族の知恵と才能が集大成
された誇り高き革命遺産”と宣伝しています。
また “昔から白頭山は我が民族の霊山で、数多くの伝説をおさめているものの、それらはいずれも神秘境にひかれた
人々が虚構として作り出した話ばかりだ。ただ我が民族の伝説的英雄である偉大な金日成同志が輝かしい抗日革命の
烽火を上げた 20世紀前半に至り、朝鮮の精気を盛り込んだ真の伝説が生まれることとなった”としています。
続いて “金日成将軍様は天が生んだお方だ。 千年に一人の偉人を仰ぐ心に、国境はあり得ず、民族の別もあり得ない。
空の太陽を仰いで称えるのにも国は関係なく、民族も関係ない”として、金日成に従って遊撃隊に合流したという日本軍
将校の所感まで記録しています。
縮地法、変身術、忍術、昇天入地まで…
金日成の率いる遊撃隊は神出鬼没、百戦不敗の勇士たちだけだったようです。特に金日成は入神の境地に至った
'神霊'の姿にて描写されています。
‘白頭山伝説集’に含まれるほとんどすべてのエピソードには “将軍様は縮地法も使い、変身術、忍術、昇天入地(空に入り
地にも入る)… 。 術法に長け、天文地理にも明るく、千里離れたところにいても日本軍の動きを掌を見るように把握される。
将軍様の意は天に届き、将軍様の人柄は天下を抱くほどで、将軍様の知略は非凡無双であり、この世に右に出る者がいない”と
言う表現も登場します。
特に “将軍様は紙で船を作って川を渡り、紙で空へ飛ぶ道具を作りその上に乗りこんだ。将軍様が遊撃隊に支給した弾には
目があり、日本軍に百発百中で命中した。将軍様は白頭山天池から朝鮮半島を見下ろしつつ、すべての村の朝鮮人民たちを
助けた”というくだりまであり、全知全能の金日成の姿を描くことに余念がありません。
また “金日成将軍様は寒さに震える人民のために、日帝の銃弾も貫くことが出来ない防寒防弾の布団をプレゼントした”、
“龍の気骨の孝女・銀心に白頭山だけにあるという珍しい薬草百種を入れて、達人薬剤をプレゼントしたりした”など、厳しい
闘いの渦中にも人民の苦痛を忘れなかったという事実を強調したりしています。
空に舞い上がった ‘東亜日報’
1937年 6月 4日は北朝鮮が大々的に宣伝する金日成の普天堡戦闘があった日です。
‘白頭山伝説集’は “金日成将軍様が自ら率いた抗日遊撃隊が、普天堡を攻撃、警察官駐在所は遊撃隊の
機関銃の射撃を受けて蜂の巣となり、営林場、農業試験場などは炎に包まれ灰になってしまった。辛うじて生き残った
警察官たちは、右往左往したあげく我軍にまで逃げ込んで来る者もいて、世の中の笑い物になった”としています。
特に “日本の総督がその事実を伝えた東亜日報を全て集め、庭先で燃やしてしまったが、空いっぱいに舞い上がった
火の粉が白い紙切れに変わり、日の光にきらめきながら、牡丹雪のように降って住民たちに伝わった”とし “市民は空から
牧丹雪輪のように降ってくる紙切れを受け取り、普天堡が金日成将軍様が導く遊撃隊に攻撃されて満身創痍になったと
大喜びした”と描いています。
この中で一番の圧巻は “この新聞の火の粉は、海を渡って大陸も越え、飛んで行かない所がなかった。 そしてヨーロッパ
の都市でも空から落ちて来る新聞を受け取って驚き、米国やアフリカの原野でも空から舞い落ちる新聞を受けて驚嘆を
禁じ得なかったという”と言う部分です。
“金日成将軍様は神様の形象”
抗日時代の活躍の姿を盛り込んだ神話だけならともかく、解放以後の行績に関する偶像化の内容は、
それこそ‘人類の文明に対する冒涜のレベル’にまでエスカレートして行きます。
まず、金日成を時代を代表する名筆家として描きます。 “金日成将軍様の字体は、秋史・金正喜(朝鮮王朝後期の
名筆家)の ‘秋史体’を凌ぐのはもちろん、東西古今を問わず有名な書家たちの長所が全て結合されたもので、
優に ‘太陽書体’と呼ぶに値する。 そして誰もが ‘太陽書体’である偉大な首領様の筆跡をもらうことを最高の光栄
と考え、彼の筆跡を大変貴重な家宝とし、国宝として大切に保管した”という説明が続きます。
特に、米国のある牧師が金日成に会ってから、 “キリストが今日も世界数十億の信者たちから崇仰を受けるのは、
人間に対する彼の博愛心が理由だが、偉大な主席様はキリストすらも敢えて比べることが出来ない愛の最高化身だ”と
感嘆したと記述されています。
なお、白頭山は金正日誕生の地ともされており、北朝鮮の白頭密営では、金正日生家を見ることも出来ます。
これも父親伝来の、長白山を神格化の手段として使う方法といえるでしょう。
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