xxxxxxx
朝鮮族ネット 中国の朝鮮族に関するニュースポータルサイト Search by Google:
ホーム 朝鮮族概要 地域紹介 政治 経済 歴史 観光 ショッピング コミュニティー お問合せ



[教育] 金相和烈士殉国80周年座談会、大興溝で開催



吉林省汪清県次世代関心事業委員会で主管、大興溝鎮次世代関心事業委員会で協賛した金相和烈士殉国80周年 座談会が大興溝鎮朝鮮族学校で行われた。

今回の座談会には汪清県党委組織部、県党委宣伝部、大興溝鎮党委と政府、鎮老人協会、鎮教育弁公室の責任者と 一部の郷鎮、地域社会次世代関心事業委員会主任30人余りが参加した。

次世代に対する愛国主義教育を強化し、烈士たちの革命精神を子々孫々受け継ぐことに趣旨を置いて開催された今回の 座談会には、九歳の時に金相和烈士の殉国現場を直接目撃した韓イルソン(89歳)さん、金相和の二番目の孫・金キルソン(59歳)、 大興溝鎮第一小学校5学年2組の崔ヒョンウンさんが参加し、自分たちの所感を発表、汪清県次世代関心事業委員会・金春燮主任が 烈士殉国の時代背景と英雄の業績を紹介しながら、次世代関心事業の責任者たちが愛国主義教養基地の建設と補修を重視し、 青少年たちに対する伝統教養を強化するように希望すると述べた。 会議の参加者たちはまた、県の中心から60里余り離れた 後河村に位置している金相和烈士記念碑と烈士が犠牲になった現場を訪れ、烈士を追慕した。

1900年2月、吉林省延吉県のある貧困な農民家庭で生まれた金相和烈士は、1924年に汪清県蛤蟆塘郷へ移住、1930年に 中国共産党に加入して1931年に中共汪清県委第2任書記に任命された。 1931年2月2日、彼は蛤蟆塘・大房子村で 北蛤蟆塘党支部書記・韓英浩とともに武器力を拡大することについて研究し、日帝討伐隊に逮捕された。

敵は金相和の二つの親指を鉄の輪に挟んで木にぶら下げ、苛酷に殴った。 二つの指は骨が露出したが、彼は毅然と党の 秘密を守るために一言も漏らさなかった。 敵はさらに唐辛子を鼻の穴に詰め込み、手の爪に針を刺すなど、残酷な刑罰で 金相和を責めた。


▲金相和烈士をぶら下げた木


▲九歳の時、金相和烈士の最期を直接目撃した韓イルソンさん

1931年2月5日、敵は四方山の麓で金相和を殺害した後、斫刀で彼と韓英浩の頭を切り、大房子村の中心に ある木に掲げ、晒した。 蛤蟆塘郷の抗日軍民たちは、敵の威嚇に屈することもなく、中華民族の解放のために 烈士たちの血に染まった足跡に従って抗日闘争を続けた。

(吉林新聞 2011年1月19日)
Copyright(C) 朝鮮族ネット