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[社会] 利川火災、朝鮮族一家親戚 7人に悲劇

○ 《全家族韓国で幸せに暮らそうと思ったが…》

○ 夫、息子、姻戚まで一瞬に失う




韓国京畿道利川市戸法面酉山里 潟Rリア2000 冷凍倉庫で起こった火災事故で死んだ 13人の朝鮮族のうち 7人が 一家親戚であることが明らかにされるなど、今度の事故で死亡もしくは負傷した朝鮮族の大部分が、家族または親戚と いうことで、さらなる悲しみを加えている。

8日、利川市民会館 1階大講堂の遺族控室を尋ねた姜ソクムン(68)さんは一日中目もとに涙が溢れていた。 彼は今度の 事故で親戚 7人を一度に失った。 姜さんの妹である姜太順(65)さんの息子・趙東明(44)さんと嫁の朴正愛(44)さん、もう一人の 妹である姜順女(57)さんの夫・朴永浩(60)さんと息子・朴龍植(31)さんが冷凍倉庫内で一緒にいた時に悲劇にあった。 また朴龍植さんの妻の兄である金軍(26)さんと従兄弟である孫東赫(32)さん、趙東明さんの従兄弟・厳俊英(52)さんも一緒に 倉庫の中にいたが、生きて出て来ることが出来なかった。

姜さんは 《韓国へ来て苦労して暮すことになるのは覚悟していたことだったが、こんなひどい目に会うと分かっていたら絶対に 来させなかったはずだ》と語った。 彼は 《龍植には今やっと一歳になった双子の子供達がいるが、先週土曜日、親子が一緒に 息子や孫を見たいとソウルにやって来て月曜日の朝に夜明けの車に乗って職場に帰ったが、それが最後になってしまうとは…》 と涙ぐんだ。

また金軍さんは2000年に先に韓国へ来た父・金ヨンジン(57)さんの招請を受けて韓国に来てから、一週間後に火災事故で死んだ。 金さんは去年 12月31日に韓国へ来て、入国してから二日後の去る 2日から利川で宿泊場所を決めて工場の仕事を始めた。

金ヨンジンさんは 《7年間も会わずに過ごした息子なのに、韓国へ来てからわずか一週間でこんな形で逝ってしまうとは、何ともやり 切れない》とし 《来るやいなや仕事を始めることが出来たと喜ぶ息子と一緒に、作業服を買いに行ったのがつい数日前なのに…》と 言いながら言葉を続けることが出来なくなった。 木工作業をする彼は、去年 10月頃に作業をしていて作業場の 4階から落ち、肋骨 9本が折れる重傷を負った後、物理治療を受けて来ており、今は仕事をすることができない状態だ。 彼の妻・張コブン(53)さんは 《私たちの軍ちゃんは、離れて暮らした 7年間一時も欠かさずに電話で安否を伺い 〈母さん会いたい〉と優しく語った善良な息子 だった》とし 《家族全員が韓国に集まって、本当に幸せに暮らそうと思ったが、これは何の報いなのか分からない》と声をあげて泣いた。

悲劇にあった二組の朝鮮族夫婦

趙東明さん夫婦の外にも、一緒にひどい目に遭った朝鮮族夫婦がさらに二組ある。 今度の事故現場からやっと脱出して病院に 入院している林春媛(44)さんの夫・李承福(44)さんは事故現場から脱出することができなかった。林さんの兄である李ソンファ(50)さん は 《3年ほど韓国にとどまってから中国に帰った妹夫婦が、またお金を儲けて来るといって去年 7月に再入国したが、すぐにこんな ひどい目に遭ってしまい、もう何もかもがおしまいだ》と泣いた。

二人の朝鮮族姉妹の悲しい事情も

尹オクジュ(57)さんと尹オクソンでは(55)さん姉妹は断熱材を設置する作業をしている途中、一緒に悲劇に遭い、遺家族たちの悲しみ が加わった。尹さんの親戚は 《二人の姉妹がソウル大方洞でお互い近くに住み、一緒に仕事に通っていた》と伝えた。 尹オクジュさん の娘は 《話す力もない》と言葉を続けることが出来ず、 《父と叔父は同じ悲しみにて寝込み、身動きすら出来ないほど》と伝えた。

冷凍設備作業をしている途中に災害にあった崔スンボクさんの夫人は、焼香所の前に倒れてしばらく起きることができなかった。 崔さんには甲状腺癌を病んでいる息子(29)と小学校に通う双子の孫がいた。 崔さんの弟は 《この間会った時、以前ほどにはお酒も あまり飲まないので、これからはもっと元気に暮らせると思ったのだが…》と言いながら悲しんだ。

5年前に夫人と離婚した後、一人娘を一人で育てて来た金ワンス(47)さんの事情も周囲を悲しませた。 金さんの姉である金ジョンレ(53)さん は、 《弟が仕事に出たまま家に入って来る事ができない場合も多く、父と娘がお互いに助け合いながら、一生懸命暮らしていた》と嘆いた。 特に金さんは事故が起こった 7日が本来は休む日だったにもかかわらず、仕事が多くために家に帰って来ることができなかったといい、 娘に 《休みたいのに今日は仕事が多くて帰れないようだ》と連絡していたという。

(吉林新聞 2008年1月10日)
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