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![]() [社会] 韓国の華僑子弟、大学進学も困難 《韓国政府が二度の貨幣改革を通じて華僑の財産を紙切れにしてしまいました。華僑の子弟は韓国の大学進学さえ困難です》 人民日報の姉妹紙である環球時報は 20日、最近発生した全羅南道麗水出入国管理事務所の火事をきっかけに 韓国の華僑の実態を報道した。 報道によれば、韓国に華僑が初めて入って来たのは 1882年で、当時壬午事変の際に清が軍隊を派遣し、 40人余りの中国商人たちが一緒に入国して定着したのが始まりだ。 特に中国山東省の住民たちが戦乱を避けて船 に乗り、地理的に近くの韓半島に大挙して渡って暮らし、 1923年には韓国華僑の数はおおよそ 6000人に達した。 また 1931年、日本が満州を侵略した後、東北3省地域の労動者が韓国へ移住し、日本降伏以後、少なからぬ中国人 が韓国にとどまって初期の華僑社会を形成した。 しかし初期、韓国政府は二度にわたり貨幣改革を実施、華僑の財産を紙切れにしてしまうなど、華僑抑制政策を実施、 華僑の経済状況が打撃を受けた。 また韓国政府は各種の法案を通じて華僑の不動産保有を厳格に禁止したのはもちろん、甚だしくは合法的に経営する 華僑の食堂に対しても重い税金を賦課した。 これによって華僑は韓国政府の政策の余波で生活の基盤を捨ててアメリカやオーストリア等に移り、 1948年に 10万 名に達した華僑が最近は 2万名余りに減少した。 韓国に残っているこれらの華僑は 95% 以上が山東省出身で、台湾旅券を持っており、食堂や旅行社、貿易業、漢方 医業などの職業を持って生計を立てている。 1992年の、韓中修交以後、両国の交流が増えて新しい華僑が増加、人々は広告文で見られるように工場や食堂、按摩 業店、電子会社職員などとして働いている。 それでも合法的な証明書を持っている求職者たちは相対的に状況が良い 方で、不法滞留者たちは肉体労動中心の業務に携わっており、賃金をもらえない場合も生じている。 韓国法務部が去年 10月に発表した調査資料によると、韓国に不法滞留している外国人 19万 8792人のうち中国人 が 7万 9668人で最も多い。 彼らが韓国で不法滞留をすることになった原因は、合法的な証明書がなく、仲介人に費用を支払って偽造証明書や偽 装結婚を通じて韓国に入って行くことが一つある。 また他の原因は、持っていた合法的な証明書が有効期間が経過したにもかかわらず、お金を儲けて家に送金するという 夢をつかむために引き続き韓国で働くことを選択するようになった場合だ。 中国と韓国はいずれも二重国籍を承認しておらず、弱り目に崇り目で韓国の外国人及び中国人の民族心理排斥政策もからみ 大多数の華僑は韓国国籍を得ることができない。 これにより華僑は外国人の身分で韓国で生活しており、去年 5月、韓国政府が初めて華僑に対して地方選挙の投票権を付与 したが、国会議員や大統領選挙の投票権はない。 韓国はまた、華僑学校の学歴を認めておらず、華僑学校に通った学生たちが韓国学校に転校したり進級をする時、必ず韓国 学校の学歴検定試験に合格しなければならない。 また韓国政府が華僑学校の学歴を認めないので、華僑の子弟たちは韓国の大学に進学して勉強することも非常に難しい。 しかし 1992年の韓中修交以後、韓国政府が政策を切り替え、韓国華僑たちの政治的、経済的地位が目立って向上しており、 2005年第8回世界華商大会も成功裏に行われた。 韓国行政自治部によると、去年 6月末に韓国に 90日以上居住している外国人は 53万6627人で、このうち中国本土出身が 24万7740人で最も多かった。 (吉林新聞 パク・ミョンファ記者 2007年2月22日)
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