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[教育] 現代的民族教育観で見た二重言語教育の授業改革

最近まで、朝鮮族の小中学校の “二重言語” 授業改革はただ学科目内枠の改革にとどまり、授業用語体系は 基本的に民族語に基礎を置く単一言語体系だった。 このような教育体系は今 “二重言語” 教育体系に転換されつつある。

ここで言う “二重言語教育”、“二重言語体系”というのは、二つの言語を授業の媒介にする教育体系を示す。 言い換えれば二つの言語を授業用語にすることをいい、これは一般的に国際学術界で通用する概念だ。 もし 教育課程の授業用語を本民族語だけに限定し、他の一種言語は一つの学科目授業に限定させて扱う時、そ れを二重言語教育または二重言語体系とは見ないのだ。

朝鮮族小中学校の “二重言語”授業は、早くは 1948年に漢語科を中学 1年生に開設して始まった。 その後何 回か改革をしたが、 1963年には漢語科を小学 2 年生から開設し、中学卒業の時に “二重言語兼通”の要求に 到達しなければならないという要求を提起した。 しかし相変らず目標に到達することが出来ず、 1993年にはま た漢語科を小学 1年生から教えることにした。 このようにおよそ 60年間、漢語科開始の学年を低めて授業時間 をいつも伸ばしながら改革を繰り返えしたが、相変らず期待値に到達することが出来ず、社会需要に適応するこ とが出来なかった。 これには当時の状況で教育目標があまりにも高いとか、授業方法が妥当ではなく授業で識 字と閲読だけに偏重するとか、教員の漢語水準が一般的に低いなどさまざまな原因を挙げることができるが、なか でも一番重要な原因の一つが、正しくそれが伝統的民族教育観による閉ざされた改革だということにあると考えな ければならないだろう。 言い換えれば “二重言語” 教育としての改革ではなく、どこまでも “二重言語” の授業 改革に留まったからであると言える。

言語というのは、“力”を入れて学ばなければならないが、学んだと言ってもその応用範囲を広げて経常的に交 流せず、実践しなければ比較的熟練した程度に掌握することはできないものだ。 これは他の一種の言語を学ん で見た人は誰でも体験するようになる事だ。 だから一つの言語の掌握は非常に限られた授業時間以内の知識 伝授に留まっていては成り立ちにくい。 適切に繰り返し的な実践過程を経過すればこそ可能だ。 もし学校の授 業用語を部分的に漢語にすれば、それが漢語を直接教える学科目ではなくても、学生たちに漢語で見たり聞い たり言ったり思ったりすることができる視空間をさらに多く提供することが出来、彼らの言語能力をより早く、より能 率的に向上させることが出来るだろう。それだけでなく言語と言うのは、付き合いの手段であると同時に心理活動 の道具なので、二つの言語を比較的よく掌握するということは、二つの付き合い手段と事由道具を掌握することに なるので、学生たちの知識視野をさらに広げてくれ、個性を豊かにして事由空間を広げてくれ、彼らの創造性と活 力を向上する上で役に立つ。これは創造型人間の養成という時代的需要にもかなう。 それゆえ単一な授業用語 体系から “二重言語”教育への転換は、民族教育が一次元高い段階へ発展したことを意味する。

これまで、私たちの観念の中には、本民族学生を対象として本民族教員が本民族言語文字教材を本民族言語で 教えることで、初めて民族教育で見たり、少なくとも純粋な民族教育として見る傾向が存在した。 このような観念 は朝鮮族が密集する延辺のようなところではさらにそうだった。 そうではなければ、すなわち異質的な教育または 民族教育の同化と見なした。今日のような時代にそういう思想観念に固執すると、民族教育は自分の民族の言語、 文化を守ることも出来ず、民族教育としての吸引力を喪失して教育資源が枯渇し、最後には解体の危機を免れない であろう。

従って、問題は民族教育発展観を樹立して、二重言語教育の改革で、どのようにして二重言語と文化の関係を協 調的に科学的に処理して民族の言語と文化を継承発展させ、民族の繁栄と発展に寄与するのかにかかっていると思う。

南イルソン (元・東北朝鮮民族教育科学研究所)

(延辺日報 2006年2月17日)
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