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[社会] 和龍、新しい100年の靴紐を引き締める

和龍建県100周念慶祝大会、盛大に開催



《和龍建県100周念慶祝大会》が10日午前、和龍市体育場で盛大に開催された。

元全国政協副主席・趙南起、全国政治協商会常務委員であり元国家民族事務委員会主任であり元中共中央統戦部副部長の 李徳洙、元省政協副主席・鄭龍浮ネど、元老指導関係者たちと和龍籍の国家一級作曲家・金鳳浩、空軍装備部大校・李光男 および北京、天津、山東、長江デルタ、珠江デルタ、東北3省などの省、市、区の党政指導者たちと企業家、 省州直属関連部門の指導者、延辺州各県、市党政指導者、昔、和龍で活動したことのあった老同志たちと和龍駐屯軍代表、 上海、長春に下っている知識青年代表、省、州、市の企業家代表および長期的に和龍の発展に関心を持って支援してきた 社会各階層の人々が慶祝大会に出席した。

《千年の古都、百年県》と呼ばれる和龍は、2万6000年前の旧石器時代にすでに人類が生活し始めており、唐朝天宝年間には 渤海国で和龍に都を建て、清朝光緒年間には清政府の封禁令が解除されて海蘭江と図們江流駅が開墾されると同時に、鉱山が 開発され、通商が可能になることにより、和龍は重要な食料生産区・貿易区になった。

1910年(清朝宣統2年)に清政府で正式に和龍県を設立、1945年には和龍県人民政府が成立し、1993年には国務院で和龍県を 和龍市とした。

和龍の100年史を振り返ってみると、高く称賛するに足りるだけの革命史といっても過言ではない。

1909年に日本帝国主義者などが侵略の魔の手を戦略的位置にある和龍に伸ばして来た時、和龍の人々は堅忍不抜にて延々 頑強な革命精神と恐れを知らぬ犠牲精神で、共産主義革命を勝利に導いた。

1928年、和龍県で最初に党組織が作られ、1930年には中共延(延吉)和(和龍)中心県委が設立され、同じ年も東北で最初の 紅色政権である薬水洞ソビエト政府が和龍で誕生した。 1932年には和龍県漁郎村抗日遊撃根拠地を建設し、 《東北の民族魂》とも呼ばれる《13勇士》など著名な抗日英雄が生まれた。 解放戦争の時期、人口が13万人にも満たない 和龍から6320人も進軍し、1万2000人余りが戦線を支援し、865人が戦場で祖国革命勝利のために尊い命を捧げた。

抗美援朝(朝鮮)戦争の期間にも3197人が中国人民志援軍に参加し、1500人余りが尊い生命を捧げた。

和龍の山と野原に建てた革命烈士記念碑には、先烈たちの功績が記載され、今日の平和と幸福が簡単にもたらされたものではないと いうことを千秋万代に長く伝えている。

建国初期の和龍の人々は、社会主義の道を堅持しながら自力更正、艱苦奮闘にて工場を建て、学校を設け、道を整え、生産を 発展させながら、今日の和龍の繁栄発展のために堅実な基礎を作った。

朝鮮族詩人の李旭、《リンゴ梨の父》と呼ばれる崔日鮮、著名な作曲家・金鳳浩、延辺大学創始者の林民鎬、鉱山建設者・蔡錦、 金融衛士・白花子などを代表とする和龍人は、勤労することと知恵、さらに熱い血で、故郷の土と和龍の発展変化のために貴重な 経験と基礎を積み上げ、不滅の寄与をした。

党の11期三中全会以後、改革開放の春風に乗って和龍も活気と活力であふれ、天地開闢以来の歴史的変化をもたらした。 さらに 党の16次代表大会と17次代表大会以後、和龍市では《工業経済で都市を強大にし、観光国境貿易で都市を興起させ、特色産業で 農民たちを裕福にし、都市と農村を調和的に発展させる》という総体的な理由で、工業経済を重点としてプロジェクト建設の 加速化を堅持、鉱山、建築材料、エネルギー、林産品、対外経済貿易などの5大産業を柱として、機械製造、医薬、 観光、食品、電子、火工など6大新興産業を共に発展させる産業発展趨勢を形成した。

(吉林新聞 2011年8月10日)
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