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![]() [文化] 波乱万丈を踏んで立ち上がった文化雑誌 朝鮮族純文芸理論誌‘文学と芸術’‘文化研究’復刊 朝鮮族の純文芸理論誌といわれる‘文学と芸術’は、1979年に創刊号を出してから、まさに多難な歩みを続けて来た。 延辺社会科学院所属の文学科芸術研究所で発行している‘文学と芸術’は、 中国朝鮮族の文学と芸術というテーマを取り囲み、幅広く深みのある理論研究を繰り返 して来た。朝鮮語の雑誌ならいつものことながら、直面する困難に、彼らは日々重くのしかか る資金難、経営難に悩まされて来たのが事実だ。しかし彼らはこれまで、そのすべての困難を乗 り越え、民族文化遺産の発掘、中国文学の紹介、世界の名作紹介、韓国や北朝鮮との文化交 流を活発に展開しながら、文芸理論誌としてのイメージを構築することを怠らなかった。 2003年4月、延辺社会科学院が正式に解体を宣告し、急に孤児状態になった‘文学と芸術’は、 あらゆる知識人たちの切ない願いにもかかわらず停刊を宣布するしかなかった。文学科芸術研究 所は州文化局所属に名前を変え、雑誌は誰も面倒を見る人のいない孤立した存在になってしまった。 しかし文学は生きなければならず、芸術の道は遠くて険しいもの。 2004年11月、州出版局では、ただ一つしかない朝鮮族文芸理論雑誌である‘文学と芸術’を活か さなければならないとの必要性をつくづくと感じ、復刊指示を出した。.この難しい任務が‘文学と芸 術’研究所の研究員として過ごした50歳の趙イルナムの肩にのしかかった。彼は使命感から気経にこの任務を請け負った。 雑誌の復刊は、言うは易くとも思い通りには運ばなかった。趙イルナム主筆は、雑誌の復刊に付 きまとう難題を一つ一つ解いて行った。 彼らは資金がなく、人手がなく、定常的な事務を行う事務室もない難しい状況で、去年、復刊初回号を出し、 今年は1期から‘文化研究’というニューフェイスで雑誌を活性化するに至った。 文化研究でも彼らは、大衆文化ではなく民族文化一般についての比重を大きくし、朝鮮族社会全般の 文化を深層多角的に扱うため、スローガンを掲げた。そしてこれまで扱って来た文学芸術も、より内容 が加味された次元の高い部分を扱うことに力点を置き、文学作品は相変らず40%ほど取り上げて 民俗生活文化についての評論を割愛する事にした。すなわち中国朝鮮族民俗に係わる部分は隅 々まですべて触れながら、‘文化研究’という名前にふさわしい事業を展開して行くのだという。 波乱万丈を踏んで立ち上がった純文芸理論誌−‘文化研究’、その明るい未来のために朝鮮族の知識人 なら誰もが力添えしなければならないのではなかろうか。 (黒龍江新聞 ハン・ソル記者 2005年4月16日)
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