早春の韓国の旅
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松雲大師ゆかりの寺であると伝えられた。1時間ほど滞在して密陽に向かう。嶺南楼は工事中のため見学できなかった。
密陽を流れる南川江のほとりは、公園になっていた。山と川のある町という表現がぴったりの密陽を、時間さえあればゆっくり散策
できたのにと後ろ髪ひかれる思いで慶州へと向かった。 3日目のハイライトは西生浦城の見学であった。 慶州から国道を南下する。初めての町や村を駆け抜けていくのであるが、私には地名がなかなか特定できない。温山であろうか、 石油コンビナートが広がっていた。四日市のような公害はないのだろうかと心配になった。 西生浦には10時前に到着。バスを降りて小高い丘を登る。振り返れば日本海が、広々と横たわっている。なかなかの景色だ。 西生浦城は加藤清正や浅野幸長の指揮のもとで、1593年(文禄2年)に関係したとの事。今は石垣がだけ残っているまさに 兵(つわもの)どもの夢の跡である。当時の朝鮮の人々にとっては、日本軍は侵略者である。起ち上がって応戦するのは当然であったろう。 そして見事、日本軍を退散させたのである。 |
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