第10回 韓日歴史座談会

「壬辰倭乱の外交秘史−四溟堂(松雲大師)はなぜ、日本に行ったのか」

要約紹介

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。 平素は、当館に格別のお引き立てを賜り、厚くお礼申し上げます。
さて、第10回歴史座談会のご案内を申し上げます。
1500年に及ぶ韓日交流の歴史を振り返ってみると、初期から1000年間の両国関係は非常に仲睦まじい 間柄であったことがわかります。当時、韓日間の往来においてはビザは勿論のこと、通訳も要しないものだったと 思われます。日本の至るところには半島出身の渡来人が群れをなしており、離れ去った彼らの自国名に因んだ 神社を建て、祖国の発展を祈願したといわれます。
しかし、この良好な韓日関係がひび割れ始めたのは、1592年から1598年の間の豊臣秀吉が起こした 七年戦争によるものでした。当時の東アジア3国の韓国(朝鮮)・日本・中国(明)が絡み合う国際戦でした。 朝鮮侵略を企てた豊臣秀吉が亡くなってから、その戦争は有耶無耶になってしまうのです。新執権者の徳川家康は 朝鮮との国交回復を願っていました。朝鮮の外交僧、松雲大師は徳川家康と談判し、戦後処理を明確にしました。 彼は戦争の責任を問いただし、朝鮮人の捕虜を引き受けました。これによって、12回に渡る朝鮮通信使(1607-1811) の派遣も壬辰倭乱の讐怨を清算する戦後の処理問題が終わってから可能になります。松雲大師の名古屋とのゆかりは徳川家康 との会談を終え、帰国途中に名古屋に一泊し、船で対馬を通って帰ったといわれます。
今回のkbs歴史スペシャルの制作には史学者の貫井先生のお力添えが大変大きいものでした。本歴史座談会には 貫井先生に直接ご参加いただいて、より深い説明を拝聴できる機会になると思っています。
つきましては、第10回歴史座談会は、韓国KBS放送が放映した「 壬辰倭乱の外交秘史−四溟堂(松雲大師)はなぜ、日本に行ったのか」を御覧いただきながら、 韓日間歴史を振り返ってみる時間を設けたいと思います。ご多忙な折恐縮ですが、 ぜひともご拝観いただきますようご招待申し上げます。 なお、出欠のご予定を別紙様式にて、9月20日(金)までにFAXくだされば幸いです。

敬具

駐名古屋大韓民国総領事 柳洲烈

◆とき 2002.7.24(水)17:30-19:30
ビデオ上映  17:45-18:45

※8月はお休みさせていただきます。

◆ところ 駐名古屋大韓民国総領事館 会議室2F
〒450-0003 名古屋市中村区名駅南1-19-12

◆内容 1) ビデオ「壬辰倭乱の外交秘史−四溟堂(松雲大師)はなぜ、日本に
行ったのか」上映(60分)(要約紹介 別添)
2) 討論会(30分〜45分)
  ※司会進行 当館職員 金河永(キム ハヨン)

以上