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    「朝鮮通信使の肉筆遺墨」鈴鹿・青龍寺


     鈴鹿市白子本町、青龍寺(鷲尾弘範住職)の山号「體用山(たいゆうざん)」と書かれた額=写真=は、第11次朝鮮通信使(1764年)の通訳官、朴徳源の肉筆遺墨であることが12日、同寺を訪れた貫井正之・名古屋外国語大講師によって確認された。

     この額は縦81センチ、横186センチ。「朝鮮朴徳源書」とあり、これまで鷲尾住職らは「朝鮮の人が書いたものだろう」と推測していた。元小学校教諭で郷土史家の赤工作久良(あかくさくら)さん(59)=同市江島台1丁目=がきちんと検証しようと、先月24日、朝鮮通信使についての講演に来た貫井さんに調査を依頼した。

     貫井さんは写真を送ってもらい、李元植・近畿大名誉教授、仲尾宏・京都造形芸術大客員教授とともに筆跡などを調べた。

     朴徳源は漢文、和文に通じた能筆家。江戸時代の画家吉村周圭の「雁図」に書いた賛と額の署名が同じだった。さらにこの日、右上と左下にある落款を確かめ、直筆に間違いないとした。

     当時の朝鮮は日本より文化が進んでおり、通信使は文化人、学者が主体だった。お寺などが通信使に書や絵をかいてもらい、大事にしていた。

     貫井さんによると、愛知県で2カ所、岐阜県で1カ所の寺から使節の一員が書いたものを板に彫った扁額が見つかっているが、三重県内で見つかったのは初めて。「今回は肉筆墨書で、いっそう価値を増す」と貫井さん。ただ青龍寺への伝来経路は不明という。

     赤工さんは「鈴鹿市史にも載っていない大発見。亀山藩領内を通ったときに書いてもらったのか、白子を治めていた紀州藩絡みで入手したのか、解明が楽しみ」という。18代目の鷲尾住職は「日の目を見てありがたい」。
    (12/13)
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