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【東北工程】「高句麗史は中国の団結にとって重大な問題」

扶余、高句麗、渤海史など、韓民族の古代史を自国の歴史に編入しようとする中国の東北工程は、「歴史工程」ではなく、 政治的な意図が込められた「政治工程」であることを示す証拠が発見された。

これは今月10日から11日にかけて、東北工程の核心人物23人が出席し、中国吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉市で開かれた 「2006高句麗問題学術討論会」の資料集と出席者らの発言から確認されたもの。

中国社会科学院が主催したこの討論会で、中国・延辺大の朴燦奎(パク・チャンギュ)教授(朝鮮族)は「高句麗史をどのように 扱うかは、多民族国家である中国の団結や国家の統一性の維持に直結する責任重大な問題だ」と主張した。

また、朴教授は「辺境地域の平穏を維持できるかどうかで、中国の生死存亡は左右されてきた。高句麗史は他の少数民族の歴史を どのように処理するかという問題とも密接に関わっている」と述べた。

中国はこれまで韓半島(朝鮮半島)統一後の朝鮮族の処遇や東北地域の領土紛争防止など、東北工程の政治的背景をめぐる各種の 疑問に対し、「あくまでも歴史研究の次元から進めているもの」という立場を堅持してきた。

しかし、中国政府が膨大な予算を投入して進めている東北工程の核心研究者の口から、高句麗史歪曲(わいきょく)は56の民族で 構成される多民族国家の安定性確保という政治的必要によって進められているものだという真実の告白が飛び出したのだ。なお、 中国は既に1980年代から歴史研究に名を借りて、チベット、新疆ウイグルなど、少数民族問題の解決を試みてきている。

討論会は韓国側の反発に対する批判とともに、対応策について話し合う対策会議のような雰囲気で進められた。延辺大の 李宗勲(イ・ジョンフン)教授(朝鮮族)は「韓国の東北アジア歴史財団について」という題名の発表文で、「財団は韓国民族主義の 産物だが、恐れる必要はない。財団の理事長が日本史専門家である点から推して、主要目標は日本だ」との見方を示した。

李教授はこの発表文に東北アジア歴史財団の組織図まで挿入し、「韓国は市民団体と各種メディアらの影響力が大きく、政府の政策が 制約を受けやすい」という情勢分析まで添えた。

また、延辺大の劉子敏教授は「国際関係が複雑である以上、学者らも政治的感覚を備えることが必要だ」と述べ、瀋陽東亜研究所の 孫進己研究員は「(党)中央が高句麗問題の学術的解決を決定したのは実に正しい判断だった」と語った。

一方、この討論会では、高句麗史に対するでたらめな主張も相変わらず提起された。瀋陽東亜研究所の孫泓研究員などは「これまでの 研究の結論」として、「扶余、渤海などと異なり、高句麗は後期に韓半島に遷都したため、遷都以前は中国史であり、遷都以後は韓国史だ」と主張した。

この主張は「歴史の帰属は現在の領土と政治的支配力によって決まる」という中国側のでたらめな論理と軌を一にするものだ。 この論理は「高句麗史は韓中両国で共有することができる」といういわゆる「一史両用論」であり、「高句麗は中国東北地域の少数民族政権」 という中国側の主張に対する韓国側の強い反発を受け、一部で妥協策として出された理論と見ることができる。

朝貢を君臣関係の証拠と見る誤った認識も相変わらずだった。東北師範大の李徳山教授は「栄留王(在位618〜642年)のころ、 高句麗は唐に多いときには1年に2回ずつ朝貢使節を派遣するなど、完全な君臣関係が確立していた」と語った。しかし、「高句麗は 中原王朝の属国」という主張に対し、「それでは高句麗が中原の隋、唐王朝と頻繁に戦争を繰り広げたという事実をきちんと説明すること ができない」という反論も出された。

また、長春師範大大学院の姜維公教授は「中国の領土で誕生した卒本扶余が高句麗と百済のルーツだ。外国の一部の学者らは韓国史だと 主張しているが、それは政治的な意図によるもので、事実に立脚した研究ではない」と主張した。

■中国学者らの「高句麗討論会主要発言」 

「高句麗史をどのように扱うかは、多民族国家である中国の団結や国家の統一性の維持に直結する責任重大な問題」

「韓国の東北アジア歴史財団は韓国民族主義の産物ではあるが、われわれが恐れるべきものではない」

「扶余、渤海などと異なり、高句麗は後期に韓半島に遷都したため、遷都以前は中国史、遷都以後は韓国史」

「韓国が抗議し、内政干渉をしてきたとしても、中国政府は大局的な観点から平常心を維持し、“低姿勢”で対応しなければならない」

(朝鮮日報) - 09月17日16時59分更新



社団法人 高句麗研究会