遼東半島であることが確実なもののみ、いくつか見られる。(遼史 巻38)
東京遼陽府 - 本来、朝鮮(檀君朝鮮)の土地である。(本朝鮮之地)。 …… 唐の高宗が高句麗を平定し、ここに安東都護府を立てた後、渤海・大氏の
所有となった。(唐高宗平高麗 於此置安東都護府, 後爲渤海大氏所有)
辰州奉国軍節度 - 本来、高句麗・蓋牟城。唐の太宗が李世勣に会い、蓋牟城を撃破したというのがここである。渤海が蓋州と改名した。
盧州 - 本来は渤海の杉盧郡である。昔、5つの県からなっていたが、
いずれも廃止した。鉄州は本来、漢の安西県であったが、高句麗の時に安西城になった。唐・太宗が攻めた時、陥落せず、薛仁貴が白衣を着て
城を上ったのもここである。 .....渤海の頃、州を置いたが、本来、4つの県である。
巖州 白岩郡 - 本来、渤海の白岩城。太宗が奪い取って瀋州に属させた。
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