| |
ここでしばらく休憩の後、馬の背の東斜面を下りると 24番から 27番まで古像がよく保存されていますが、 28番は 十一面立像と 千手立像の共に古い仏龕(ぶつがん) が重複しています。29番、そして少し離れて 30番は共に新しいものに替わり、 31番も大正10年造立の千手像に替わっていますが、 その隣に古い仏龕が残っています。32番千手立像は 顔面が特に風化して細くやせているためか、隣に新石造が置かれています。 33番は聖観音立像で、少し堅い感じではありますが、 堂々とした重量感のある大作です。 | |
| |
この巨巌を東へ廻ると、ほとんど垂直の絶壁に石山最古最大の巨像、県指定文化財・ 磨崖阿弥陀如来立像(像高3.52m)があります。 台座を含めて5mにも達するこの巨像は、上品下生来迎の阿弥陀で、例の釘抜型(壷型ともいいます)の光背を深く彫り込み、 仏龕(ぶつがん)に兼用しているのは地蔵立像と同様です。しかしこの釘抜型光背は後世に深く彫り直したもので、 当初はその周辺に僅かに残っている浅彫りのものであったという説もありますが、この改造は 仏体には及んでいないようです。 本尊は丸彫りに近い半肉彫ですが、体躯は平板で着衣は通肩、衣文はやわらかい 平行線を重ねる清涼寺式で、清楚な感じを与えます。台座は細長い単弁式の高い蓮華座を台上にのせた形で、 下の框座(かまちざ)は大きくどっしりして前に張り出しており、正面を2区に分け、各1個の香狭間(こうざま:香様とも書きます) を刻んでいますが、この形は他の木造建築の細部にも共通するもので、室町初期を下らぬものといわれます。 像の胸の正面中央に小さい穴が穿たれているのは、奈良県大野の磨崖弥勒像に見られるように写経や願文を 納めたものでしょうが、早くして蓋石を失っているので、納入物も現存しないのは惜しまれます。 あるいは造立の年代を知る手掛かりとなったかも知れません。古くは本尊を雨露から守る木造仏龕(雨避け)があったらしく、 光背のさらに上に水平な段を石に刻み、これを桁としてその上に6個の等間隔に並んで彫られた小孔に垂木を挿し込み、 框座前の僅かに張り出した部分の左右に2本の柱を立てて軒桁を支え、これに垂木を渡して片流れの屋根を構えていたと 思われる工作の跡がありますが、いつの頃か笠井で焼失したものらしいです。 尊前に元文4年銘の石燈籠1基(欠損)がありますが、これは山下の地蔵尊前のものと一対をなすものです。 |