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順路右側の空海坐像2体を過ぎると、眼前に巨巌が露出しています。この正面に 県指定文化財・磨崖聖観音立像(像高2.52m)があります。これは浄蓮寺覚順が嘉永元年( 1848)に画工をして南都唐招提寺の聖観音を模写させ、それに倣ってこの巨巌に彫り付けたものです。 この年の正月25日に作り始め、同年4月27日に功をあせり、一ヶ月後の5月27日に開眼した という、造像来歴が記録されている唯一の像です。またその粉本(楠原地区保有)が浄蓮寺に 現存し、併せて紙本淡彩聖観音立像一幅も県文化財として指定を受けています。 この像は石山の諸像の中で最も新しいものの一つですが、石質が脆弱であるため風化が進み、顔面は特に甚だしく、尊容が 溶けて流れているのは惜しまれます。これは古人が造像の最適の一にあるにもかかわらずここを避けていた理由かも知れません。 石山観音の御詠歌に次のようなものがあります。 いしやまの重きちかいの観世音 みちびきたまへ弥陀の浄土へ | |
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3番・4番は共に 千手観音像で、早く風化したために仏像を削り取って新しい石像に替えています。路傍に大正6年(1917)7月造立の不動尊 石像があり、また小石仏がありますが、五輪塔の笠を台に転用しています。5番 は千手坐像で新しいものに替わっています。6番は千手坐像で古く、 7番は如意輪坐像で当初のもの。ここから西へやや離れて 8番は聖観音立像で大作です。 さらに西に森弥四郎の碑があり、その西には 役行者の奇像がありますが、頭部を欠失しています。 7番へ引き返しますと、巨巌の腹に仏龕(ぶつがん)が点在しています。この巨巌は俗に「馬の背」と呼ばれる山骨で、 20番までは全てこの馬の背の西斜面に彫まれています。 9番は三面六臂の如意輪らしく新像に替わっています。 10番は聖観音立像で当初のもの、 11番は千手坐像の古像と別に右の新像とが並置されています。 12番は千手立像で古く、13番は 観音半跏像で、新しく大正10年の造像です。14番から 18番は当初の像が残り、18番の隣には新しい弘法大師坐像に変えられています。 19番千手立像は当初のもので、 20番は新しいもの。これより西へ少し入ると仏龕のみ残っているものがあり、 さらにその西に21番十一面立像の新像があります。 引き返して馬の背を北へ廻ると関・加太方面の眺望が開けますが、少し行くと 22・ 23番はともに千手立像で、大正9年と大正13年の新像を納めています。 | |
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ここから巡路を南へ折り返すと石山の山頂に出ます。山頂より南方へ延びる陵線は草木の生育しない一大巨巌 で、上より見下ろすとあたかも馬が首を垂れて草を食むのを馬上から見た姿を思わせるところから馬の背と呼びならわして来ました。 ここは眺望が開け、鈴鹿の連山から安濃の平野を一望におさめ、伊勢湾も視野に入り、四季折々の展望が素晴らしいです。 |